エルミタージュ美術館学芸員 アレクセイ・ボゴリュボフ
しののめ氏の作品は、美しさだけでなく、気品や憂い、悲哀を帯びた特別なオーラを放つ作品ばかりです。日本人アーティストは繊細な表現を得意とする方が多い印象ですが、しののめ氏はとりわけ精緻な描写へのこだわりが強いのでしょう。そして、技法が行為と化すほどに、刺繍を愛している。作品に懸けた時間や情熱を強く感じました。根底にしののめ氏独自の“美意識”があるからこそ、完成できる芸術品です。
氏の作品からは、共通して侘び寂びの精神や洗練された空気感、そしてどこか西洋美術の厚みや思考を感じました。特に19世紀末から20世紀にかけてヨーロッパを席巻した、アール・ヌーヴォー様式を想起させます。複雑に糸を紡ぎ、水が流れるように、豊かな曲線を用いて表現されています。日本人のみならず海外の鑑賞者も強く惹かれる作風です。
しののめ氏の作品は自然や古典などをモチーフにしており、総体して調和がとれ、まとまっています。描かれる動植物は、時に装飾的な要素として、時には詩的な意味を内包したひとつの構成要素として影響し合っています。特に絹布をキャンバスとした美しい作品は、伝統的なモチーフと新たな発想が上手く結びついています。刺繍部分を近づいて見ると、彩りの豊かさがあらためてわかります。細部の完成度が高いからこそ、全体の純度が高く仕上がっているのです。また、自然の中や水辺に浮いているような作品の見せ方も素晴らしい発想だと思いました。壮大なインスタレーション作品のようです。作品からは「自然の変容」と「人間の生死」など、不変的な言葉のインスピレーションを受けました。生きていくことについて、命について、時間について。生きていくうえでの様々なテーマが、まるで詩のように、紡ぎだされています。モチーフの中では鳥が印象的です。鳥は飛翔の象徴であり、いかなる状況でも制限されることのない精神的な自由の象徴とされています。これも、しののめ氏の高尚な作風にピッタリのテーマです。
そして、円を多く用いていることも特記すべき点です。円は偉大な画家たちからも非常に愛されました。目を惹きやすく、調和と穏やかさ、一体感の象徴でもあります。特にルネサンス期の巨匠からは人気がありました。しののめ氏も同様のセンスをお持ちなのでしょう、円であることの意味を深く理解しています。例えば『稀月に想ふ 竹取物語より -青の月-』は、美しい青色を中心構成されていますが、円であることにより、荘厳な月の姿私たちの記憶に焼き付けられます。『稀月に想ふ 竹取物語より -花の雲-』もすべてのモチーフが円。咲き乱れる牡丹も、十二単を着た女性も、円と円が交わり、円の中で小さな物語が始まるような期待感に溢れています。
先ほど、しののめ氏の作品を「インスタレーション」と表現しました。古典的な題材、伝統的なテーマを用いながらも、しののめ氏の作品は現代アート作品です。伝統には古めかしさや野暮な面が付きものですが、「承前啓後」の精神を重んじ、さらに洗練されたアートへと昇華させていくしののめ氏の美意識には、特別なものがあります。日常の何気ない煌めきや身近な自然、受け継がれてきた物語に“美しさ”を見出し、作品として具象化する。内から湧き出す美しさを重視しているのだと感じました。宝石や華美なドレスを身にまとうのではなく、美という視点から、古きものの良さを見出し、特別な存在として再び認識させる力は、しののめ氏の最大の魅了といえるでしょう。
美の観点から、古きものの良さを再発見する力
エルミタージュ美術館学芸員
アレクセイ・ボゴリュボフ
しののめ氏の作品は、美しさだけでなく、気品や憂い、悲哀を帯びた特別なオーラを放つ作品ばかりです。日本人アーティストは繊細な表現を得意とする方が多い印象ですが、しののめ氏はとりわけ精緻な描写へのこだわりが強いのでしょう。そして、技法が行為と化すほどに、刺繍を愛している。作品に懸けた時間や情熱を強く感じました。根底にしののめ氏独自の“美意識”があるからこそ、完成できる芸術品です。
氏の作品からは、共通して侘び寂びの精神や洗練された空気感、そしてどこか西洋美術の厚みや思考を感じました。特に19世紀末から20世紀にかけてヨーロッパを席巻した、アール・ヌーヴォー様式を想起させます。複雑に糸を紡ぎ、水が流れるように、豊かな曲線を用いて表現されています。日本人のみならず海外の鑑賞者も強く惹かれる作風です。
しののめ氏の作品は自然や古典などをモチーフにしており、総体して調和がとれ、まとまっています。描かれる動植物は、時に装飾的な要素として、時には詩的な意味を内包したひとつの構成要素として影響し合っています。特に絹布をキャンバスとした美しい作品は、伝統的なモチーフと新たな発想が上手く結びついています。刺繍部分を近づいて見ると、彩りの豊かさがあらためてわかります。細部の完成度が高いからこそ、全体の純度が高く仕上がっているのです。また、自然の中や水辺に浮いているような作品の見せ方も素晴らしい発想だと思いました。壮大なインスタレーション作品のようです。作品からは「自然の変容」と「人間の生死」など、不変的な言葉のインスピレーションを受けました。生きていくことについて、命について、時間について。生きていくうえでの様々なテーマが、まるで詩のように、紡ぎだされています。モチーフの中では鳥が印象的です。鳥は飛翔の象徴であり、いかなる状況でも制限されることのない精神的な自由の象徴とされています。これも、しののめ氏の高尚な作風にピッタリのテーマです。
そして、円を多く用いていることも特記すべき点です。円は偉大な画家たちからも非常に愛されました。目を惹きやすく、調和と穏やかさ、一体感の象徴でもあります。特にルネサンス期の巨匠からは人気がありました。しののめ氏も同様のセンスをお持ちなのでしょう、円であることの意味を深く理解しています。例えば『稀月に想ふ 竹取物語より -青の月-』は、美しい青色を中心構成されていますが、円であることにより、荘厳な月の姿私たちの記憶に焼き付けられます。『稀月に想ふ 竹取物語より -花の雲-』もすべてのモチーフが円。咲き乱れる牡丹も、十二単を着た女性も、円と円が交わり、円の中で小さな物語が始まるような期待感に溢れています。
先ほど、しののめ氏の作品を「インスタレーション」と表現しました。古典的な題材、伝統的なテーマを用いながらも、しののめ氏の作品は現代アート作品です。伝統には古めかしさや野暮な面が付きものですが、「承前啓後」の精神を重んじ、さらに洗練されたアートへと昇華させていくしののめ氏の美意識には、特別なものがあります。日常の何気ない煌めきや身近な自然、受け継がれてきた物語に“美しさ”を見出し、作品として具象化する。内から湧き出す美しさを重視しているのだと感じました。宝石や華美なドレスを身にまとうのではなく、美という視点から、古きものの良さを見出し、特別な存在として再び認識させる力は、しののめ氏の最大の魅了といえるでしょう。